語学、翻訳、海外生活

語学、翻訳、海外生活に関する記事が多いですけれども、そのほかの話題もあります。今日明日の仕事や生活に役立つかどうかは分かりませんが、「面白い」と思って下されば、書き手冥利に尽きます。

困難は分割せよ

特許翻訳は、骨の折れる作業である。内容の多くが最先端の科学技術の知見に基づいているうえに、文章が長い。記述をくどいほど厳密にすることによって、誤解を避け、ほかの特許との弁別を容易にし、類似の特許出願を困難にするためであろうが、とにかく読みにくいし分かりにくい。したがって翻訳者泣かせである。最近機械翻訳が盛んに使われるようになったが、最新の翻訳機械でも、特許の文書は歯が立たない。短い文章の場合は、使える場合もあるが、特許のような長い文章の場合、意味不明の翻訳になったり、意味が逆になったりすることもある。しかし逆に言うと、そういう困難な翻訳案件こそ、熟練翻訳者の腕の見せどころ、ともいえよう。

 

「困難は分割せよ」(Divisez chacune des difficultés)とは、フランスの高名な哲学者ルネ・デカルトの名言である。アメリカの自動車王フォードは、この名言を知ってか知らずか、自動車の量産体制を構築するために、分業体制を取り入れた。ビル・ゲイツも複雑な問題をいくつかの独立した問題に分けるのが上手だと言われている。もっともラテン語の名言"Divide et impera"(分割して統治せよ)にあるように、もっと古い時代からの知恵なのかも知れない。

 

この名言を、特許翻訳に活かせないか、ちょっと考えてみた。特許文書のような長い文章は、読点などで、いくつかの短い、一塊の意味を持った句や節に分割することができる。この一塊の句や節は、分割せずに一体のものとして翻訳できることが多い。もっとも、英語と日本語は、文法的にかなり異なる言語であるから、句や節の順番が入れ替わることが普通である。したがって、長い文章全体をそのまま翻訳しないで、文章を分割したいくつかの句や節を、ばらばらにせずにそれぞれ訳し、翻訳後の句や節の順番を、文法に沿って配置するほうが良い。そうすると、特許文書のような長い文章でも、比較的簡単に訳すことができる。対応する句や節を同じ色に色分けすると、句や節の対応がはっきりして、訳抜け防止にもつながり、翻訳チェックの能率が改善できる。熟練の翻訳者の方々には、すでに常識のことであろうが、もし参考になったら、幸いである。